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東京地方裁判所 平成8年(合わ)57号 判決

主文

被告人Aを懲役一〇年に、被告人Cを懲役八年に、被告人D及び被告人Eをそれぞれ懲役六年に処する。

未決勾留日数中、被告人A、被告人Dに対しては各一八〇日を、被告人C、被告人Eに対しては各一五〇日を、それぞれの刑に算入する。

被告人Aから、大麻一袋(平成八年押第九六九号の1)を没収する。

理由

【犯罪事実】

(被告人Cと被告人Eの窃盗の犯罪事実)

第一  被告人BことC及び同Eは、被告人Eが店長を務める飲食店がその系列下にある「有限会社甲野」の事務所の金庫から現金を盗もうと計画し、かぎ屋のFに金庫の合かぎの作成を依頼して三名共謀の上、平成六年一二月二六日早朝、横浜市中区《番地略》所在の乙山ビル二階の右「有限会社甲野」の事務所において、被告人Eが、Fの作製した合かぎを使用して同所に設置された金庫を開錠し、同金庫内から同会社代表取締役Gが管理する現金約八八一万円を盗み取った。

(被告人四名の逮捕監禁、強盗致傷の犯罪事実)

被告人四名は、H、I、Jらと共謀し、かつてHが働いていた「丙川グループ」の社主Kが自宅に裏金などとして巨額の金員、債券等を蓄えていると考え、Kの家族をら致・監禁の上、Kから右金員等を強取することを企てた。

第二  被告人四名らの右の共謀に基づき、平成七年一〇月一二日午後二時四〇分ころ、東京都中央区《番地略》所在の西銀座地下駐車場において、Kの長男L(三六歳)が地下一階に車を止めて地上の行政学会ビル利用者出入口に通じる階段を上りかけていたところを、あらかじめ付近で待ち伏せしていた被告人D、I及びJが、Lの両肩を突いて踊り場に転倒させ、その腹部や頭部を数回足蹴にし、その頚部に準備していたスタンガンを押しつけて数回放電するなどして抵抗できないようにし、地下二階に連行した上、あらかじめ待機していた被告人A運転の普通乗用自動車内の後部座席に押し込み、その両手首をロープで緊縛するなどした。そして、被告人Aが自動車を発進させ、被告人D、I、Jらと同所から東京都千代田区《番地略》所在の三階建て空きビルまで同人を連行し、同ビル二階の一室において、Lの両手をロープで後ろ手に椅子に縛りつけ、その両足をロープで椅子の脚部に緊縛するなどし、引き続き被告人D及び同Cらがその動静を監視し、次いで、翌一三日午前二時ころ、被告人A、IらがLを東京都千代田区《番地略》所在のK方まで被告人E運転の普通乗用自動車に乗せて連行し、K方二階の居室に閉じこめてその動静を監視するなどした。このようにして、同月一二日午後二時四〇分ころから同月一三日午後二時ころまでの間、Lを普通乗用自動車内、右三階建て空きビルの一室内及びK方から脱出することを不能にして不法に逮捕監禁した。

第三  被告人四名らの右の共謀に基づき、同月一二日午後五時四〇分ころ、被告人A、同D、I、Jが前記K方に赴き、同人方において、Kの妻M子(六七歳)に対し、被告人A、同D、I及びJが、その身体を押さえつけ、ガムテープを貼り付けて目隠しをし、その両手両足をロープで緊縛するなどした上、M子を二階の寝室等に閉じこめて監視した。こうして、そのころから同月一三日午後二時ころまでの間、M子をK方から脱出することを不能にして不法に逮捕監禁した。

第四  被告人四名らの右の共謀に基づき、同月一二日午後八時四〇分ころ、前記K方において、折から帰宅したK(六八歳)に対し、待ち伏せしていた被告人D、I、Jらが、その身体を羽交い締めにして押さえつけ、一階の居間に連れ込んでその腹部や胸部を数回足蹴にしたほか、ガムテープを貼り付けて目隠しをし、タオルで猿ぐつわをして後ろ手にした両手と両膝をロープで緊縛し、更に足の爪と皮膚の間に爪楊枝を差し込むなどの暴行を加えた上、被告人Aが、「俺達は金が目的で来ている。息子もよその場所で監禁している。奥さんは二階で楽にしている。協力しなければ殺すだけだ。」「脱税していることも分かっている。金を出せば奥さんや息子さんには乱暴しない。」などと言って脅迫してその反抗を抑圧し、同日午後一〇時ころ、Kが所持していたかぎを用いて一階の寝室に設置された金庫を開錠するとともに、Kに対し、現金一〇億円を要求してその交付を約束させた。そして、そのころK方で、右金庫に保管されていたK所有の額面一〇〇〇万円の割引銀行債券二枚を強取し、さらに右の一〇億円の交付の約束に基づき、同月一三日午後二時ころ、被告人AらがKが管理する株式会社丁原カントリー倶楽部所有の現金四億円を、同月一八日午後三時ころ、被告人AがKの管理する戊田建物株式会社等所有の現金五億円を、同日午後四時ころ、被告人A、同Dが、同会社等所有の現金九九〇〇万円を、いずれも同所において、反抗を抑圧されたKの指示を受けたLから交付を受けて強取した。Kは、同月一二日に右暴行を加えられた際、その暴行により加療約一〇週間を要する右肋骨骨折等の傷害を負った。

(被告人Aの大麻所持の犯罪事実)

第五 被告人Aは、みだりに、平成八年二月五日、横浜市中区《番地略》甲田九〇四号室の同人方において、大麻を含有する乾燥植物細片六・七八三グラム(ビニール袋入り、平成八年押第九六九号の1)を所持した。

【証拠】《略》

【補足説明】

一  被告人A、同E及び同D各弁護人は、判示第四の事実について、(一)被告人らが強取した金品は、Kが判示の暴行・脅迫によりその反抗を抑圧された結果として交付したものではなく、Kが被告人らの手に渡った脱税等不正をしていると思われる証拠書類等が公にされることを恐れて被告人らの要求に応じたもので、強取行為とは評価できず、特に一〇月一八日の現金の交付は暴行、脅迫から五日を経過しており反抗抑圧状態を脱しているから、いずれにしても恐喝罪が成立するに過ぎない旨主張する。また、(二)被告人Dは、本件犯行計画の段階においても実行の場においても、判示の割引銀行債券を強取することを聞かされておらず、また実際に強取したとの認識を有しておらず、その存在すら知らなかったのであるから、判示割引銀行債券二枚の強取については共謀がなく責任を負わず、また、(三)一〇月一八日に強取した現金五億円についても、被告人A、同C及び同Eらが、被告人Dを含む韓国人グループに対しては五億円を受け取ることを告げずに強取したものであり、被告人Aらの新たな共謀に基づく強盗行為であるから、これに加わっていない被告人Dはその責任を負わない旨主張する。

二  しかしながら、まず(一)の点については、判示のとおり、被告人らは、帰宅したKを韓国海兵隊の経験がある屈強な男三人がかりで襲い、腹部や胸部などを数回にわたって足蹴にし、ガムテープで目隠しをしたりタオルで猿ぐつわをするなどした上、両手両足をロープで縛り上げてその身体を完全に拘束し、その際右肋骨骨折等の傷害を負わせるとともに、K自身に対してはもとより、既に監禁していた妻のM子や息子のLに対しても危害を加える旨を示唆して脅迫しており、Kに対し、客観的にみてその反抗を抑圧するに足る強度の暴行、脅迫が加えられたことは明らかである。そして、このような状況の下にあって、Kは被告人らから金銭等の要求を受け、自己や家族の安全を守るためには、これに応じる以外とり得る方途はなかったと考えられる。K自身もその旨供述しているところであるし、被告人Aの供述によっても、そもそもKは、被告人Aから当初要求された約五億円の交付については、右の暴行、脅迫により反抗できずに、ゴルフ場関係の書類が見つかる前の段階で応諾していることが認められ、その後金庫内から高額な額面の預金証書が見つかり、ゴルフ場関係の書類も見つかったことから被告人Aが要求金額を一〇億円に吊り上げ、結局Kは時間を置かずこの要求にも応ぜざるを得なかったものであって、割引銀行債券二枚の交付はもとより、現金一〇億円の支払いを約したKの意思表示は、まずもって右の暴行、脅迫による反抗を抑圧された状態でなされたものと言わなくてはならない。確かに、弁護人らが主張するように、脱税書類等の露見を怖れたこともKが被告人らの要求に応じた一つの要因となっているとしても、被告人らが右書類を獲得したこと自体Kに対する前記暴行、脅迫の結果である上、これらを種に金銭の支払を要求することも被告人らの本件脅迫の一環をなしており、結局、これらKらに対する右の暴行・脅迫が一体となって、Kの反抗を身体的にもまた心理的にも抑圧した結果、当日割引銀行債券の交付との一〇億円の支払いの約束がなされ、また翌日に現金の調達ができて四億円の交付がなされたことは明らかというべきである。

また、一〇月一八日に取得した五億九九〇〇万円については、弁護人が主張するとおり、被告人らは一三日に四億円を取得した後K方を立ち去り、この時点でKらは被告人らによる身体の拘束から解放され、その後Lが入院したKに代わりその指示で右五億九九〇〇万円を被告人らに交付するまでには五日間が経過していること、その間被告人らにより特段暴行、脅迫が加えられた事実はなく、警察に救済を求める余地も存したこと、Lの交渉により、支払を約していた六億円のうち一〇〇万円を減額して被告人らに交付していることなどの事実が認められるところである。しかしながら、被告人らは、Kに対し、既に同月一二日の時点で一〇億円の支払いを約束させ、翌日直ちに四億円の現金を用意させてこれを取得し、残りの六億円については、巨額であるため当座の現金の工面が困難であったことから、Kの申し出を受け入れ、同月一八日まで現金を工面するための猶予期間を置いたに過ぎず、更に六億円の要求に応ずるか否かの考慮期間を与えたものではなく、一八日の現金の交付はまさに同月一二日の約束の履行としてなされたものである。この間新たな暴行、脅迫を重ねることはなかったにせよ、同月一六日には被告人AがKに電話で要求を確認するなどしており、従前の暴行、脅迫の態様や内容等に照らすと、残額の支払いを拒否すればKや家族に再び前同様の暴行、脅迫が加えられるであろうことは容易に予想されたところであって、Kらもそのことを恐れ、それ故警察に被害を届け出ることもできず被告人らの要求どおり残金の六億円の交付をせざるを得なかったことも、同人らの供述するところである。また、被告人AがLの要請を容れて六億円から一〇〇万円を差し引いた点も、Lは、被告人らがKの妻M子の所持金七〇万円を奪った非情を抗議し、被告人らの要求する六億円の交付に応ずる一方で、M子からの強奪分の返還を求めたことによるものであって、これをもって残金六億円の交付についてLらが反抗抑圧状態を脱していると見ることはできない。そうすると、KがLを通じて被告人らに現金五億九九〇〇万円を交付したのは、K及びその家族に対する前記暴行・脅迫により、身体の拘束から解放された後も引き続き心理的にその反抗が抑圧され続けた状態において、同月一二日の約束の履行としてなされたものであり、被告人らの暴行、脅迫による反抗の抑圧と因果の関係にあることは明らかと言わなければならない。したがって、この点の弁護人の主張も採用できない。

三  次に、前記(二)の主張について検討するに、被告人Dは、割引銀行債券二枚の奪取については全く関知していなかった旨供述しており、実際に共犯者らがこれを強取したことも知らなかったことが窺われるところであるが、被告人Dは、本件犯行の計画段階において、少なくともK方の金庫内に在中する書類等を奪い金にすることは十分に認識していた上、その旨共謀してK方に侵入し、実行行為を行っているのであって、強取の対象となる個々の財物を具体的に認識していなかったとしても、右の共謀に基づき、共犯者らが右金庫内から財物を強取した以上、本件割引銀行債券について、その罪責を免れないことは明らかである。

また、前記(三)の点については、平成六年一〇月一八日にKから交付されることになっていた六億円につき、被告人A、同C、同E及びHらが、交付されるに先立ち、被告人Dら韓国人グループには一億円しか交付されないことになった旨嘘を言い、うち五億円については、同人らを排除することを画策して分配し、被告人Dらにおいて、Kから五億円が実際に交付された事実は知らなかったという事情が認められるところである。しかしながら、被告人D、I及びJが、Kに対し、前記暴行等重要な実行行為を行った結果、Kに一〇億円の支払いを約束させ(この点は被告人Dも現場にいて認識している。)、右五億円についてもその履行として交付されているのであって、そこには被告人Aらが、右五億円を強取しようとの新たな共謀に基づく行為があったが故に交付されたという関係は全く存しないばかりか、当初から被告人Dらは強取金の分配に与る強い意欲を有していたのであり、五億円の取得のなされた時点でもその意図に変わりはなく、後に右五億円が交付されたことがDらの知るところとなって、激怒したIがHらにその分配を求めるや、Hらも直ちにその要求に応じ再分配しているところである。そうすると、右五億円については、被告人らの当初の共謀、すなわち共同意思と利用関係とが解消し、被告人Aらの新たな共謀によって強取されたと見るべき事情は窺われず、被告人Aらが韓国人グループを排除して五億円を取得する旨計画したのは、共犯者相互間における分配金をめぐる諍いとして、取得金を被告人Dらに隠すために過ぎないと理解するのが相当であり、これを新たな犯行の共謀として評価することはできないから、被告人Dは、五億円奪取の点についてもその罪責を免れない。

【法令の適用】

1  罰条

第一の行為(被告人C及び同Eについて)

平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、二三五条

第二、三の各行為 いずれも包括して刑法六〇条、二二〇条一項

第四の行為 同法六〇条、二四〇条前段

第五の行為(被告人Aについて)

大麻取締法二四条の二第一項

2  刑種の選択

第四の罪について 有期懲役刑を選択

3  併合罪の処理 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条、一四条(最も重い第四の罪の刑に法定の加重)

4  酌量減軽(被告人D及び同Eについて)

同法六六条、七一条、六八条三号

5  未決勾留日数の算入 同法二一条

6  没収(被告人Aについて)

大麻取締法二四条の五第一項

【量刑の理由】

一  犯行に至る経緯

1  被告人Cと被告人Eは中学校以来の友人であり、被告人Cはかつてホストクラブで働いていたとき被告人Aと知り合い、また実父の店で働いていたときI”ことIを知るとともに、知人を介してHと交遊するようになった。

2  Hは、平成二年八月ころから、Kが社主を務める丙川グループで働くようになり、その後、同社の金を使い込んだり、Kが脱税等不正な行為により蓄えた裏金があるとして、その預金通帳を入手し、一億円を超える金銭を勝手に引き出すなどしたため、その発覚を怖れ、また、Kの日頃の自己に対する横暴な振る舞いへの反感などもあって、平成四年一二月ころから出社しなくなり、間もなく退社した。その後、Hは、右裏金等の不正取得が警察沙汰にならなかったことから、更にKが裏金を管理している預金通帳等を盗み出しても警察に被害を届け出ることはないなどと考え、平成六年一二月ころ、右会社社主室の金庫から現金や預金通帳等を盗み出そうと計画し、被告人Cや同人らに紹介を受けたかぎ屋のFらと共に、同月中旬ころ、深夜、東京都中央区銀座の右会社社主室に侵入した上、Fが同所に設置されていた金庫を開錠し、同金庫から額面合計数億円の無記名債券等を取り出し、持ち帰った。そして、Hは、被告人Cを通じて知り合った被告人Aに依頼して右無記名債券を換金し、被告人C及び同Aに対し、それぞれ約三〇〇〇万円の報酬金を支払った。

なお、間もなく、被告人Cは、右三〇〇〇万円の札束を知人の被告人Eに見せるなどしたところ、被告人Eは大金を目にして金が欲しくなり、また被告人Cは思いの外多額の報酬を手にしたことに味をしめ、数日後、右両名において、再びFの協力を得た上、被告人Eがその系列店の店長を務める有限会社甲野の事務所の金庫を開錠し、同金庫に保管されている系列店数ケ所の売上金を窃取することを計画した。そこで、被告人Cは、同月二〇日ころ、被告人Eが調べた右金庫のメーカーやかぎの番号等を伝えてその合かぎの作成をFに依頼し、判示第一の犯行に及んだ。

3  その後、Hは、平成七年一月、被告人C、同A、同E、知人のIらと共に、前記無記名債券等を盗み出して得た金の一部等を出資金として、Iが賃借していた東京都千代田区《番地略》所在の乙野ビル内に、被告人Cを代表取締役、被告人A、同E、同Dらを取締役として株式会社丙山を設立し、居酒屋「丁川」の名称で飲食店の営業を始め、Iの韓国海兵隊時代の後輩に当たる被告人Dが居酒屋の店長を務めた。

一方、Hは、思惑どおり、Kが前記無記名債券等の窃盗の被害を警察に届け出なかったことなどから、今度はKの自宅に侵入して同所に保管してある現金や無記名債券等を窃取した上、警察に届け出されないよう、Kの所得の隠蔽が疑われるゴルフ場経営等に関係する書類等も併せて盗み出すことなどを計画し、同年八月中旬ころから下旬ころまでの間、被告人A、同C、同Eらにそれぞれ右犯行への協力を持ち掛け、同人らはいずれも多額の報酬金を目当てにこれを承諾した。

そこで、Hらは、同月下旬ころ、東京都千代田区所在のK方を下見に行くなどしたところ、同所にはホームセキュリティのシステムが装備されている疑いがあり、また、玄関のカギの開錠も困難であったため、K方に侵入して現金や無記名債券等を窃取する旨の計画は行き詰まり、Hらは、Kをら致、監禁するなど暴行や脅迫を手段として奪い取る外はないなどと考えるようになった。これを受けて、Hは、同年九月初めころ、韓国の元海兵隊員で、特殊訓練の経験を有する右Iを仲間に引き入れ、Iの海兵隊の後輩である被告人DやJも加わることとなった。

4  その後、被告人らは、前記丙山事務所などにおいて、H及びIを中心として、Kをら致監禁した上、同人にかぎを開けさせて自宅に押し入り、金庫から現金や無記名債券等を奪うことや、Kの身体を拘束する手段や方法等について謀議を重ね、Kを見張って尾行するなどし、九月中旬ころには、Iの指示で被告人C及び同Eにおいてスタンガン一丁を購入し、その他ロープやガムテープなど犯行に使用する用具を買い揃えるなどして、順次実行の準備を進めた。

しかし、Kの行動は必ずしも一定せず、運転手らと行動を共にすることも多く、Kをら致するには、相当な困難を伴うことが予想されるため、Hらは、同月下旬ころから一〇月初めころにかけて、Kの長男であるLもら致監禁の対象とすることとし、Lに対する尾行等も行ってその行動を確認した。

そして、被告人らは、同月一〇日前後ころ、前期丙山事務所において、Lが出社した際利用する駐車場付近でLをら致し、前期丙山事務所隣の三階建ての空きビルに連行して監禁するとともに、Lが所持しているK方のかぎを用いて同所に侵入し、K方にいる者も拘束の上、Kに対し、暴行、脅迫を加えるなどして同所の金庫を開錠させ、現金や無記名債券、その他脱税に関する書類等を強取することなど具体的な方法を話し合い、HやIの指示で、I、被告人A、同D、Jが実行行為を、被告人C及び同Eが見張りをするなどの役割分担を再確認するなどして判示第二ないし第四の各犯行に及んだ。

二  量刑上考慮した事情

このように本件は、被告人四名が、外数名の者とも共謀の上、会社社長の妻や長男をら致監禁し、社長の自宅に押し入って暴行、脅迫を加えた上、加療約一〇週間を要する傷害を負わせ、割引銀行債券や現金等を強奪し、その被害総額が実に一〇億円を超えるという、稀に見る重大で悪質な逮捕監禁、強盗致傷の事案である(判示第二ないし第四の犯行)。

右の経緯や犯行状況等については既に詳述したところであるが、被害者が蓄えた財産に目を付け、被害者方の金庫を破り、これを盗み取る旨の計画の下、被告人らがいずれも一攫千金を狙って寄り集まり、密かに押し入って盗むことが難しいとなるや、韓国の海兵隊出身のIや被告人Dなど三名の韓国人を仲間に迎え、強引に被害者を拘束して現金等を強奪する旨の方針に転換し、その後約一か月間にわたって右計画の遂行に没頭し、スタンガンやガムテープ、ロープなど使用する凶器や用具を準備する一方、被害者らを連日にわたり尾行するなどしてその日常の行動を把握し、順次得られた情報を基に謀議を重ね、実行の手段や手順に修正を施しながら、計画を具体化し、各共犯者の担当する役割についても分担を決めた上、ついに判示の犯行に及んでいるのであって、本件は組織的、計画的に敢行されており、動機にいささかも酌むべき点はない。また、その態様においても、社長から大金を強奪するため、まず白昼出勤途上の社長の息子に乱暴を加えてら致監禁し、同人から社長の自宅の鍵を奪い、これを使って被害者方に侵入し、一人在宅していた社長の妻も同所で監禁し、また、社長に対しては、判示のとおり強度の暴行、脅迫を加えて肋骨骨折等の傷害を負わせるなど、甚だ大胆かつ容赦のない凶暴な犯行である(なお、被害者Kに対する傷害は、Iの暴行によると考えられるところ、被告人らのいずれも、被害者に重傷を負わせるような強度の暴行を手段とすることには消極的であったことも窺われる。)。被害者Kが従前の被害の警察への届出をためらったことが、被告人らを増長させ、高額な要求に走らせた面も否定できないとはいえ、本件により被告人らが強奪した金品は合計約一〇億二〇〇〇万円にも上り、これら経済的な被害にも増して、被害者らの被った恐怖や肉体的、精神的な苦痛には甚大なものがあり、当然のことながら処罰感情には極めて厳しいものがある。また、本件においても被害の届出が遅れたとはいえ、被害者は、被告人らに民事賠償を求めるなど、積極的に被害回復の措置を取り、被告人らもこれに協力したため、被告人らの預金の返還や差押え、強取金で購入した自動車等の売却金などにより、現在まで二億数千万円(Hの返還分を含めると三億数千万円)の被害が実質的に回復され、今後さらに数千万円の被害回復が見込まれる状況にある一方、その余の被害については具体的な弁償の方策はたてられていない。

そこで、以下、被告人らの個別的情状について述べることとする。

1  被告人Aについて

被告人Aは、友人の被告人Cを通じてHと知り合い、同人らが平成六年一二月に本件被害者の会社から盗み出した無記名債券の換金役を務めたことなどから、約三〇〇〇万円の報酬金を受領したが、その後、Hから本件犯行の協力を求められるや、多額の報酬を見込んで直ちに承諾し、犯行計画に積極的に参画して重要な役割を果たしている。すなわち、被告人Aは、計画の当初から謀議に関わり、本件犯行の際には、被告人Dら三名の韓国人グループと共に被害者らのら致監禁や被害者方への侵入等実行役の一人として加わり、被害者らに対する脅迫や金員の要求等については、共犯者から委ねられて専らその役割を担い、殊に脱税の疑われる書類を公表する旨告げて被害者を追い込み、要求金額を一〇億円にまで引き上げるなど、Hと連絡を取り合いながら積極的、主導的に現場責任者の一人としての役割を果たしている。また、強取金の分配の際には、韓国人グループを排除してより多額の利得を目論み、そのために策を弄するなどし、結局本件により合計約二億六〇〇〇万円もの報酬金を取得し、共犯者の中にあって、Hに次いで最も高額の利得に与っている。加えて、被告人Aは、その後右利得を銀行に預金するなどしたほか、高級外車二台を購入するなどし、平成七年一〇月ころからは、気を紛らわすため、かつて海外での生活で覚えた大麻を常用するようになり、自己使用の目的でこれを所持していたというのである(判示第五の犯行)。そうすると、本件被告人らの中において、被告人Aの刑事責任は最も重大と言わざるを得ない。

他方、被告人Aは、結局は高額の報酬金に目がくらんだとはいえ、Hらから犯行を持ち掛けられ、Hの計画に参画したもので、全体としてはHの指示の下に行動したと認められ、罰金前科以外に前科はなく、本件を深く反省悔悟し、被害者に対する慰謝に務めるため、被害者の被害金回収の努力に対して真摯に協力していること、その結果、本件で得た利益のうち、銀行預金等から実質的に約一億六〇〇〇万円の被害の弁償がなされ、既に被害者により差押済みの銀行預金や高級外車二台の売却金等により、今後なお相当の被害回復が見込まれることなど、有利に斟酌すべき事情も存する。

2  被告人Cについて

被告人Cは、被告人Aと同様、平成六年一二月にHらが会社の金庫から無記名債券等を窃取した際、これに関与して約三〇〇〇万円の報酬金を受領し、これに続く第二の犯行計画として、Hから持ち掛けられた本件への協力を直ちに承諾した上、当初から本件に参画し、被告人Fらを紹介するとともに、窃取を意図していた段階においては、現場への下見に赴いてかぎ屋に協力を求めるなどし、強盗の計画に移行した後は、スタンガンを購入したり、被害者らを尾行してその行動調査を行うなど、終始積極的に犯行の準備に関わり、実行の際にも被害者らの監禁場所で見張り役を担当し、共犯者相互の連絡役を務めるなど、なくてはならない役割を果たしている。本件により授かった利益も合計約一億四六〇〇万円もの多額に及んでいる。また、被告人Cは、それ以前にも、被告人Eと共に、Eが系列店の店長を務める被害会社を狙い、かぎ屋が作製した合かぎを用いて金庫を開錠した上、現金約八八一万円を盗み出し(判示第一の犯行)、この際二七〇ないし二八〇万円の分配金を取得しているのであり、かぎ屋に強く協力を迫ってその特殊な技術を悪用し、犯行を主導した被告人Cの責任は重く、その被害については、自らが盗難にあったとはいえ何ら弁償の方途が講ぜられていない。これら一連の経緯や利得の状況を踏まえると、被告人Cの刑事責任は被告人Aに次いで重大である。

他方において、被告人Cは、本件強盗等において、被害者らに対する暴行、脅迫等直接の実行行為は担当していないこと、取得した報酬金のうち、貸金庫に保管していた金銭等から約五八〇〇万円を実質的に被害者に弁償し、さらに、既に被害者に差押を受けている銀行預金や高級自動車二台及び高級腕時計の売却金等により、今後なお相当の被害回復が見込まれること、反省悔悟の情が顕著であり、各被害者に対して詫びる気持ちを明らかにした上、今後は堅実に働き、必ずや被害の金額を弁償したい旨述べていることなど、酌むべき事情もある。

3  被告人Dについて

被告人Dは、韓国の海兵隊の先輩に当たるIを通じてHと知り合い、Hが実質的に経営する居酒屋の店長を務めていたところ、Iの誘いに応じて同じく海兵隊の出身者一名と共に本件強盗の計画に加担するようになり、以後、Iに指示されるまま、被害者らの行動確認等実行の準備に携わり、犯行決行の現場においては、実行犯の一人として被害者らの身体を拘束するなど主要な役割を果たしている。被告人Dらは、本件計画の内容が当初の窃盗から強盗へと変容するに至り、これを実行するに際して、軍人時代に培われた体力と技能を期待されて犯行に引き入れられ、なくてはならない役割を担ったものであり、犯行後には、約四〇〇〇万円の利得にも与かっている。

他方において、被告人Dが本件に関わるについては、海兵隊時代の先輩であるIから強引に誘われたことによるもので、これを拒絶しにくい立場にあったこともそれなりに理解できないわけではなく、終始専らIの指示の下に行動し、Iとの関係において従属的な関与であったと思われること、利得の額も他の共犯者との関係では比較的少額であり、本件被害の半額に当たる最後の強取金五億円と無記名債券については強取の結果も知らされず、一切分配に与っていないこと、また、利得した約四〇〇〇万円のうち約二五〇〇万円については後にIの手中に渡っており、Iが韓国に逃亡している現状にあって、これまでに可能な範囲で約三五〇万円を被害者に弁償し、今後自動車や高級腕時計の売却等によりなお相当の被害回復が見込まれること、被告人Dは平成二年に来日後、真面目に勉学や仕事に励んできたものであり、もちろん前科前歴はないこと、被害者への謝罪も含め本件に対する改悛の情は顕著であり、今後は韓国に帰り、妻子と共に堅実に生活して社会のために働きたい旨述べていること、妻や兄弟も今後の監督を誓っていることなど、有利に斟酌すべき事情も少なくない。

4  被告人Eについて

被告人Eは、友人の被告人Cを通じてHと知り合い、本件強盗について協力を依頼されるや、金欲しさから容易にこれを承諾し、計画の当初から謀議に加担して現場の下見や被害者の行動確認等を行い、また被告人Cと共にスタンガンを購入するなど、他の共犯者と同様、犯行に至る様々な準備行為に係わった上、決行の際には、まず、被害者方付近で息子の行動を見張り、同人の出発をら致の実行犯らに連絡するなどし、その後実行犯らが被害者方に向かう際や、息子の監禁場所を空き家から被害者方に移動する際、また強奪した現金を運搬する際など、主要な局面において車の運転手役を務めるなど、重要な役割を果たしており、取得した報酬金も合計約四〇〇〇万円に上っている(なお、弁護人は、被告人の刑責は実質的には従犯に止まる旨主張するが、右の計画準備段階における関与、行動状況、犯行の際の役割、利得状況等に照らせば、弁護人の主張は妥当とは思われない)。また、被告人Eは、本件強盗に関わる以前において、被告人Cらと共に、自己が系列店の店長を務める会社の金庫から約八八一万円を窃取し、約三三〇万円の利得に与っているものであり、その際には、自ら犯行を計画し、早朝事務所に忍び込み、自ら現金窃取の実行犯を務めている上、未だ被害回復は三〇万円にとどまっており、その責任は誠に重いと言わざるを得ない。

他方で、被告人Eは、金欲しさから本件強盗の計画に関与し、初期の段階から謀議の場に参加していたものの、その際、具体的な計画の策定等に関して特に大きく寄与した形跡はなく、犯行を実行する際にも、実行行為には直接関わっておらず、その地位は比較的従属的であったと思われること、利得の額も他の共犯者との比較においては少額にとどまっていること、これまで現金や自動車の売却金により合計約二二〇〇万円を被害者に弁償し、今後なお銀行預金等を資源として相当の被害回復が見込まれること、本件窃盗については、被疑者が宥恕の意思を明らかにしていること、前科前歴がないこと、本件を深く反省し、今後は婚約者と共に堅実な道を歩みたい旨述べ、各被害者に対しても誠実に被害弁償に務める旨述べていることなど、有利に斟酌すべき事情も存する。

三  そこで、以上の諸事情にかんがみ、本件犯行の罪質、態様、犯情等に加え、被告人相互の関係、本件で果たした役割等個別的な事情も十分に考慮し、被告人D及び同Eについては刑の酌量減軽を施した上、被告人らをそれぞれ主文のとおりの刑に処するが相当であると判断した。

(検察官松田章・高津守、被告人A私選弁護人鈴木繁次・佐藤正幸、被告人C私選弁護人村田文哉・板橋郁夫、被告人E私選弁護人阿部正博、被告人D私選弁護人金敬得・梁文洙各公判出席、求刑-被告人Aに対して懲役一二年・被告人Cに対して懲役一〇年・被告人E及び被告人Dに対して各懲役八年)

(裁判長裁判官 大谷剛彦 裁判官 西本仁久 裁判官 神田大助)

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